「メキシコ文化研究会」からのメール配信登録者の皆さん、こんにちは

10月23日におきましては、第2回講演、朝の部「テオティワカンの住居 〜居住空間から見える住人の生活〜」、第3回講演夜の部「サアチラ王朝史 〜モンテ・アルバン衰退後のサポテカ文化〜」に多数のご参加ありがとうございました。夜の部の質問タイムでは、黄金の話で盛り上がりました。やっぱり皆さん、金が好きなんですね…(笑)。
さて、来週火曜日朝の部では、池田による第3回講演「サアチラ王朝史」がリピートされます。発表では、皆さんと一緒にミステカの絵文書をガンガン読みます!聴き逃された方、今回はお見逃しなく!
また、同日夜の部は、ベラクルス州ハラパ在住の考古学者黒崎による、第4回講演「土器を拾って歩こう 〜発掘調査とは別の考古学調査方法から〜」です。聞きなれない言葉「踏査」って、一体何でしょう?どんな風に小山とピラミッドを見分けて、どうやって遺跡を見つけるのでしょうか?この講演であなたもプチ考古学者?になれるかもしれません。こちらもお見逃しなく!!

講演予告ページ
■ 「サアチラ王朝史 〜モンテ・アルバン衰退後のサポテカ文化〜」
http://culturamexicana.seesaa.net/article/59904197.html
講演会基礎情報
■ 講演会趣旨
http://culturamexicana.seesaa.net/article/57462646.html■ 講演会プログラム
http://culturamexicana.seesaa.net/article/52000674.html■ 講演会プログラムのPDF版のダウンロード
http://culturamexicana.up.seesaa.net/image/ceculm-ciclo_de_confe-programa_en_color.pdf
最近UPされたページ
■ オンラインアンケート
http://my.formman.com/form/pc/X6YxqnB3rz86U0sk/会場で時間がなかったためにアンケートに答えられなかった・・・という方のために、オンラインでアンケートに答えられるページをご用意しました。今後よりよい講演会を楽しんで頂けるように是非参考にさせていただきたいと思いますので、お手数ですがご協力の方よろしくお願いいたします。
急に寒くなったり、暖かくなったりしています。講演会朝の部は10:30開始、夜の部は20:00過ぎ終了ですので、どうぞ室内と外気の気温差に影響されないように、温度調節の可能な服装でいらして下さいね。
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◎o。 知ってて知らないメキシコ文化小話

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〜講演会では敢えてお話しなかった小ネタや、講演会から派生したトピックなどを「講演会こぼれ話」としてご紹介します〜
■ テオティワカンの壁画第1回、第2回講演のテーマ、テオティワカンは壁画都市としても有名です。テオティワカンが栄えていた時代、全ての建物は、現在見られるように岩肌がむき出しだったのではなく、壁面には化粧しっくいが塗られ彩色されていました。ケツァルパパロトルQuetzalpapálotlの宮殿やアテテルコAtetelco、テパンティトラTepantitlaのアパートメント形式住居群などは、一部きれいに復元されており、当時はどのようだったのかを少し垣間見ることができます。保存・修復を専門にしている渡辺の意見によると、あそこまで復元するのはどうかということですが、私のように、レイアウトなどを見てもピンと来ないような人間には、このように復元された場所に行くと、空間が肌で感じられ、当時の生活が想像しやすいです。もっとも、私も、植民地時代に建てられた教会がピカピカに修復されているのを見ると悲しくなりますが。
さて、他の建築物と同様、壁画も全て一度に描かれたのではありません。古賀の話の中でも少しふれられたのですが、線の細さや描かれたモチーフ、色使いなどの様式の違いによって、壁画を時代別に分けることができ、現在の研究では以下の5段階に分けられています。
第1段階: 輪郭は黒い細い線で、ほとんどが幾何学模様。シウダデーラCiudadelaの、入って羽毛の生えた蛇の神殿(ケツァルコアトルQuetzalcóatlの神殿)に着く前の右手(南側)に屋根のついた低い小さな建造物がありますが、そこに描かれている壁画はこの時代のものです。

(De la Fuente, 1995)
第2段階: 輪郭は、同じく黒い細い線ですが、前段階よりもはっきりした線で、モチーフは、幾何学模様のほか、実在又は想像上の動物。古賀の講演で出てきた羽毛の生えた巻貝の神殿Palacio de los Caracoles Emplumadosの水滴をたらした鳥の壁画はこの時代です。

(De la Fuente, 1995)
第3段階: 輪郭が太い濃いめの赤色に変わり、モチーフとしては人物像が現れ、スタイルも確立され始めます。また、テクニックや材料が前段階と変わります。例えば、それまでは、赤を出すためには酸化鉄を使用していたのが、この時代以降、赤鉄鉱(ヘマタイト)という鉱物を使用するようになります。太陽のピラミッドから月のピラミッドへ向かう死者の大通り沿い右手(東側)にあるピューマの壁画、テティトラTetitla・アパートメント形式住居群の壁画のほとんどがこの時代になります。
(De la Fuente, 1995)
第4段階: 第3段階とほぼ同じ特徴。それに加え、他の色をほとんど使わず赤のグラデーションで描かれた壁画が沢山作られるようになります。これはテオティワカンの壁画スタイルの特徴的なもので、これにより、テオティワカンレッドという言葉も生まれました。古賀の発表に出てきたケツァルパパロトルの宮殿のジャガーの中庭の壁画、アテテルコやテパンティトラの壁画などが例として挙げられます。

(De la Fuente, 1995)
第5段階: 衰退期。前段階に比べ、モチーフのバリエーションも乏しく粗雑になります。これはテオティワカンの勢力の衰えによるものでしょう。
壁画だけでなく、彫刻も時代によってスタイルの変化がみられます。死者の大通りをシウダデーラから太陽のピラミッドへ向かう途中、左手(西側)にある西のコンプレックスConjunto Plaza Oesteに面白い例が見られます。ここは、床に穴が開いていて、建て替えによって埋められてしまった一段階前の階段を見ることができる様になっているのですが、建て替え前、建て替え後ともに、階段横のアルファルダと呼ばれる部分に動物の頭の彫刻が付いています。この頭、下のほうのは、かどが丸まっており曲線的で、上のほうのは、かくばっていて直線的と、スタイルの変化が見られます。80年代後半に、ルベン・カブレラという考古学者が、下は蛇の頭で、上はジャガーの頭であり、支配者層が、蛇を守護動物として祀っていた集団から、ジャガーを守護動物とする集団へ変わった事を表していると提案しています。また、羽毛の蛇の神殿が埋められたのも、同じ理由によると述べています。
テオティワカンの美術は、抽象的なものや、違う動物の部位が組み合わされた生物など、解釈するのが難しいモチーフがとても多くあります。現在も、沢山の研究者が、図像解釈を試みていますが、まだまだ謎が多くあります。早く全てが解読される日が来て欲しいですね。
上記に挙げた宮殿や住居群などは全て一般公開されているものを選びました。さらに、4〜5年前に、北の3番ゲートの近くに壁画博物館がオープンし、それまで倉庫にしまわれていた沢山のテオティワカンの壁画が展示されています。テオティワカンへ行かれた折には、壁画博物館や遺跡の中心エリアの外にある住居群跡などにも足を運んでみてください。
参考文献
Cabrera, Rubén: “La secuencia arquitectónica del edificio de los Animales Mitológicos en Teotihuacán”,
Homenaje a Román Pina Chan, México, UNAM, 1987, pp. 350-371.
De la Fuente, Beatriz, coord.:
La pintura mural prehispánica en México: Teotihuacán, México, UNAM, 1995/1996, 2 tomos.
(柳澤佐永子)
それでは、皆様に会場でまたお会いできるのを楽しみにしております。
メキシコ文化研究会
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